「わが亡骸は、葬儀も供養も許されないであろう。せめて、川原で荼毘(だび)に付し、灰は川に流して欲しい」
お前が藩校に通うのも、今日が最後になろう。普段通りに一日を過ごして来なさい。帰ってくれば、父は棺桶の中で、そなたを出迎えよう。父の生涯は、決して無駄なも
薑黃のではなかった。なぜなら、祥太郎という素直で清い心の倅をもうけ、このように立派な大人に育て上げることが出来たのだから…。
「もう一度お前だけに言わせてくれ、父は潔白である」
父は、白装束の上に羽織袴を着重ね、大小の刀を腰に差すと、普段と変わりない笑顔を見せて屋敷を出て行った。
「あなた、行っていらっしゃいませ」
母は、何も聞いていないのであろう。無感情に夫を送り出すと、さっさと奥へ下がってしまった。
祥太郎は、ぐっと涙を堪えて父を見送り、「父上、さらばです」と、頭を下げた。
藩校では、何事もなく一日を終えたが、帰り際に祥太郎が属す高等部の師範に呼び止められた。
「祥太郎、何が起きても、気を落してはならぬぞ」
普通なら、祥太郎は「何事で御座います」と、聞き返したであろうが、黙って頭を下げて帰途についた。
門の外に、二人の中間(ちゅうげん)が祥太郎を待
Dream beauty pro 脫毛ち受けていた。父の亡骸を運んで来たのであろう。二人は上役から受けてきた口上を、祥太郎に向かって一頻り無感情に告げた。
「そうか、やはりそうだったか」
祥太郎は、中間たちに一言の労いの言葉も、お礼の言葉も意識的に告げなかった。二人と別れて屋敷の門を潜ると、狭い庭に大きな棺桶が置かれて、その前で老いた下男が膝を着き、合掌していた。その老いの目から流れ落ちる涙が夕日を受けて、血のように見えた。
「坊ちゃま、お父さまが、お父上が…」
その言葉の先を涙が消し去っていた。
「知っております、今朝、父上とお別れを致しました」
「おいたわしい旦那様、こんなにもお優しくて清い心の旦那様が、藩の金を横領したなど有り得ないことでございます」
「平助、ありがとう、父上は潔白です」
今夜、父上の亡骸を川原にお運びして荼毘に付す、平助、申し訳ないが手伝ってはくれぬかと頼むと、平助は不満顔であった。
「坊っちゃん、それはいけません、今夜は通夜をなさいませ」と、忠告された。
「それが出来ないのだ、明朝、私は追放されて、旅に出なければなりません」
「そうでしたか、お可哀想な坊ちゃま」
この屋敷の使用人は、平助たった一人である。なんとかこの平助に有り金を全て渡してやりたいと願って屋敷の中を捜し回ったが、たった一文とても見当たらなかった。母の持ち物は全部持ち帰ったらしく、残っているものは、父と祥太郎の物ばかりである。その中で金目のものと言えば、父の脇差し大小二本だけである。その内の脇差は、父が切腹に使ったのだろう、柄にべっとりと血糊が付着していた。
「平助、屋敷の金は母が持ち帰ったようで、一文も残
求職中介っていない、お目のものと言えば、この大刀と、父の羽織袴と印籠だけだ」
「箪笥などの家具は、使えるものがあれば、どれでも持って行ってくれ」
祥太郎は申し訳無さそうに平助に頭を下げた。
「坊っちゃん、どうぞお気遣いなさらないようにお願いします」
「今から、私が納屋の薪を荷車に積んで川原に運びます、平助は父上の傍に居てあげてください」