いじゃない

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りまで来る訳

りまで来る訳
労咳とは肺結核のことである。硫黄温泉は、現在のサルファ剤に繋がるものがあるのかも知れない。霧島は見る見る元気をとりもどし、喀血することはなくなっていた。ある日、勇吉は霧島に平伏して言った。 
  「太夫、どうか私の妻になって下さい」
 霧島も、もう辞退する理由はなく、炭焼きの爺を招いて、ささやかに祝言を挙げた。妻から太夫と呼ぶことを禁じられた勇吉は、太夫の本名である「さくら」と呼ばされた。花魁言葉に隠して方言は出さかったが、さくらは薩摩の出身であった。怒ると時折出る鹿児島訛りが、勇吉の耳には新鮮で心地よく響いた。
 炭焼きの爺が羨むほど夫婦は仲睦まじかったが、勇吉夫婦は子供に恵まれなかった。折しも、勇吉の兄が来て、男の子をひとり引き取って育ててくれないかと頼まれた。兄の三男「留吉」は、三歳である。誰よりも、妻のさくらが喜んだ。自分には子供が産めないと諦めていたので、思いがけず子育てができるのが嬉しかったのだ。
 農家の次男、三男は、いずれ生家を出る運命にある。留吉は早すぎるが、それも彼の運命であろう。不憫と思う分、大切に育ててやろうと決意する勇吉であった。


  「留吉は、独りで参ります」
 まだ十歳の、幼さが残る留吉であったが、白根屋の旦那様に望まれてお店に奉公することになった。思い返せば、勇吉が奉公に出たのがやはり十歳であった。勇吉もまた、独りで浪香港 ツアー速の白根屋まで歩いて行った。 

  
 その頃は、辰吉はもう卯之吉の店にやってきていた。
   「いらっしゃいませ、今日は法蓮草がお買い得ですよ」
 こんな股旅姿の渡り鳥が、法蓮草など買いに来るだろうかと、店番の女に辰吉は一言いいたかった。
   「客じゃありません、卯之吉おじさんに会いに来ました」
   「うちの亭主のお知り合いですか、これは失礼を…」   
   「俺は江戸の辰吉、元の名を福島屋辰吉です」
   「これは福島屋亥之吉さんのご家族の方でしたか、お見逸れしました」
   「いえ、それで卯之吉おじさんは留守なのですか?」
   「はい、朝から野菜の仕入れに行っておりまして、まだ帰らないのですよ」
   「そうですか、では帰りましたら辰吉が会いに来たと伝えてください」
   「わかりました、それではご用のむきな如新ど教えて頂けませんか?」
   「ただ懐かしくて寄っただけですので…」
   「それで辰吉さんはこれから何方へ?」
   「上方の祖父に会いに行きます」

 辰吉が帰って小半時(30分)ほどして、卯之吉が荷車を引いて戻ってきた。
   「えっ、辰吉が?」
 卯之吉は胸騒ぎがした。商家の若旦那が、さしたる用事もなく股旅姿で江戸から信州くんだがない。何か余程の切羽詰まった用があったのだろう。
 恩ある亥之吉兄ぃの嫡男である。
   「このまま放っておいては、義理に背く」
 卯之吉は旅支度を始めた。
   「お仙、俺は辰吉を追いかけて見る」
   「お前さんごめんよ、あたいが留めなかったばっかりに…」
   「いや、いいのだ、店を頼むぜ」
   「あいよ」

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